主の福音(The Good News)

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主の福音 <The Good News>

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素敵な冊子ができました。

「イエス・キリスト?」
「聞いたことあるけど、宗教でしょ?」
「聖書って、厚すぎ」

という方に、おすすめな新約聖書、四冊の福音書のダイジェスト版です。
そして、この冊子に従って、以後朗読をしていきます。

目が悪い方、お年寄り、時間がない人…。そんな方にもぜひ、読んで、そして聞いていただきたい作品に、なりました。

 

それではまず、<はじめに> をご視聴頂き、それから進めていきましょうね。

ごとう ひでたか 拝

いつも応援感謝しています。

あなたのひとポチで、より多くの方が導かれ

愛と平安を見いだすことができますように。

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2007年8月 4日 (土)

神のみことば 第二章 第十三節

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第十三節: テサロニケ人への手紙 第一

ですから、あなたがたは、今しているとおり、互いに励まし合い、互いに徳を高め合いなさい。

兄弟たちよ。あなたがたにお願いします。あなたがたの間で労苦し、主にあってあなたがたを指導し、訓戒している人々を認めなさい。
その務めのゆえに、愛をもって深い尊敬を払いなさい。お互いの間に平和を保ちなさい。

兄弟たち。あなたがたに勧告します。気ままな者を戒め、小心な者を励まし、弱い者を助け、すべての人に対して寛容でありなさい。

だれも悪をもって悪に報いないように気をつけ、お互いの間で、またすべての人に対して、いつも善を行なうよう務めなさい。

いつも喜んでいなさい。
絶えず祈りなさい。
すべての事について、感謝しなさい。

これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。5:11~18

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神のみことば 第二章 第十二節

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第十二節:    コロサイ人への手紙

それゆえに、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者として、あなたがたは深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。
互いに忍びあい、誰かがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。

そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。愛は結びの帯として完全なものです。
キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。そのためにこそあなたがたも召されて一体となったのです。また、感謝の心を持つ人になりなさい。3:12~15

奴隷たちよ。すべてのことについて、地上の主人に従いなさい。人のごきげんとりのような、うわべだけの仕え方ではなく、主を恐れかしこみつつ、真心から従いなさい。
何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心からしなさい。3:22~23

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神のみことば 第二章 第十一章

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第十一節:    ピリピ人への手紙

私にとっては、生きることはキリスト、死ぬこともまた益です。
しかし、もしこの肉体のいのちが続くとしたら、私の働きが豊かな実を結ぶことになるので、どちらを選んだらよいのか、私にはわかりません。1:21~22

何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりすぐれた者と思いなさい。
自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。
あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それは、キリスト・イエスのうちにも見られるものです。
キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。2:2~7

キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。
それゆえ、神は、キリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。
それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、膝をかがめ、すべての口が、「イエス・キリストは主である」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。2:8~11

神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです。
すべてのことを、つぶやかず、疑わずに行ないなさい。
それは、あなたがたが、非難されるところのない純真な者となり、また、曲がった邪悪な世代の中にあって傷のない神の子供となり、
いのちのことばをしっかり握って、彼らの間で世の光として輝くためです。2:13~16

私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕らえようとして、追求しているのです。 そして、それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕らえてくださったのです。
兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。 すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。
ですから、成人である者はみな、このような考え方をしましょう。 もし、あなたがたがどこかでこれと違った考え方をしているなら、神はそのこともあなたがたに明らかにしてくださいます。3:12~15

いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。
あなたがたの寛容な心を、すべての人に知らせなさい。主は近いのです。
何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。4:4~7

すべての真実なこと、すべての誉れあること、すべての正しいこと、すべての清いこと、すべての愛すべきこと、すべての評判の良いこと、そのほか徳と言われること、賞賛に値することがあるならば、そのようなことに心を留めなさい。4:8

私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。
私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。また、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。
私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。4:11~13

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神のみことば 第二章 第十節

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第十節:    エペソ人への手紙

あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。
それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。
行ないによるのではありません。だれも誇ることのないためです。

私たちは神の作品であって、良い行ないをするためにキリスト・イエス
にあって造られたのです。 神は、私たちが良い行ないに歩むように、
その良い行ないをもあらかじめ備えてくださったのです。2:8~10

どうか父が、その栄光の豊かさに従い、御霊により、力を
もって、あなたがたの内なる人を強くしてくださいますように。
こうしてキリストが、あなたがたの信仰によって、あなたがた
の心のうちに住んでいてくださいますように。
また、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、
すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれ
ほどであるかを理解する力を持つようになり、人知をはるか
に越えたキリストの愛を知ることができますように。
こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが
満たされますように。3:16~19

あなたがたは、以前は暗やみでしたが、今は主にあって、光となりました。
光の子どもらしく歩みなさい。光の結ぶ実は、あらゆる善意と正義と真実なのです。
そのためには、主に喜ばれることが何であるかを見分けなさい。5:8~10

そのように、夫も自分の妻を自分のからだのように愛さなければなりません。自分の妻を愛する者は自分を愛しているのです。5:28

…人のご機嫌取りのような、うわべだけの仕え方でなく、キリストのしもべとして、心から神のみこころを行ない、人にではなく、主に仕えるように、善意を持って仕えなさい。
良いことを行なえば、奴隷であっても自由人であっても、それぞれその報いを主から受けることをあなたがたは知っています。6:6~8

…主にあって、その大能の力によって強められなさい。
悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神の全ての武具を身に着けなさい。
私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。
ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、一切を成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。6:10~13

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神のみことば 第二章 第九節

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第九節:    ガラテヤ人への手紙

私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。』2:20

ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男子も女子もありません。なぜなら、あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって、一つだからです。3:28

…御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません。
キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです。
もし私たちが御霊によって生きるなら、御霊に導かれて、進もうではありませんか。5:22~25

だれでも、りっぱでもない自分を何かりっぱでもあるかのように思うなら、自分を欺いているのです。
おのおの自分の行ないをよく調べてみなさい。 そうすれば、誇れると思ったことも、ただ自分だけの誇りで、ほかの人に対して誇れることではないでしょう。

人にはおのおの、負うべき自分自身の重荷があるのです。<中略>
善を行なうのに飽いてはいけません。 失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。6:3~5、9

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2007年7月14日 (土)

神のみことば 第二章 第八節

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第八節:    コリント人への手紙 第二

神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです。1:4

主は御霊です。そして、主の御霊のあるところには自由があります。3:17

私たちは、四方八方から苦しめられますが、窮することはありません。途方にくれていますが、行きづまることはありません。
迫害されていますが、見捨てられることはありません。倒されますが、滅びません。4:8~9

ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。
今の時の軽い艱難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです。
私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。4:16~18

…また、キリストがすべての人のために死なれたのは、生きている人々が、もはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために生きるためなのです。
ですから、私たちは今後、人間的な標準で人を知ろうとはしません。5:15~16

…しかし、主は「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである。」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私を覆うために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。
ですから、私はキリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。12:9~10

私たちは、真理に逆らっては何をすることもできず、真理のためなら、何でもできるのです。13:8

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神のみことば 第二章 第七節

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第七節:    コリント人への手紙 第一

…しかし神は、知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです。<中略>
これは、神の御前でだれをも誇らせないためです。1:27~29

目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、
そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。
神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。2:9

…あなたには、何か、もらったものでないものがあるのですか。
もしもらったのなら、なぜ、もらっていないかのように誇るのですか。4:7

あなたがたのからだは、あなたがたのうちに
住まれる、神から受けた聖霊の宮であり、
あなたがたは、もはや自分自身のものでは
ないことを、知らないのですか。
あなたがたは、代価をもって買い取られた
のです。ですから、自分のからだをもって、
神の栄光を現しなさい。6:19~20

私はだれに対しても自由ですが、より多くの人を
獲得するために、すべての人の奴隷となりました。
ユダヤ人にはユダヤ人のようになりました。それは
ユダヤ人を獲得するためです。律法の下にある人々には、私自身は律法の下にはいませんが、律法の下にある者のようになりました。それは律法の下にある人々を獲得するためです。

律法を持たない人々に対しては、――私は神の律法の外にある者ではなく、キリストの律法を守る者ですが、――律法を持たない者のようになりました。それは律法を持たない人々を獲得するためです。
弱い人々には、弱い者になりました。弱い人々を獲得するためです。すべての人に、すべてのものとなりました。それは、何とかして、幾人かでも救うためです。9:18~22

あなたがたの会った試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に合わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。10:13

すべてのことは、してもよいのです。しかし、すべてのことが有益とはかぎりません。すべてのことは、してもよいのです。しかし、すべてのことが徳を高めるとはかぎりません。
だれでも、自分の利益を求めないで、他人の利益を心がけなさい。10:23~24

…あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現すためにしなさい。10:31

たとい、私が人の異言や、御使いの異言で話しても、愛がないなら、やかましいどらや、うるさいシンバルと同じです。
また、たとい私が預言の賜物を持っており、またあらゆる奥義とあらゆる知識とに通じ、また、山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないなら、何の値打ちもありません。
また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。13:1~3

愛は寛大であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。
礼儀に反することをせず、自分の利を求めず、怒らず、他人のした悪を思わず、
不正を喜ばずに真理を喜びます。
すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。
愛は決して絶えることがありません。13:4~8

…堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。15:58

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神のみことば 第二章 第六節

神のみことば 第二章 第六節 続き を聴く (1507.0K)

もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。
聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」
ユダヤ人とギリシャ人との区別はありません。同じ主が、全ての人の主であり、主を呼び求める全ての人に対して恵み深くあられるからです。
「主の御名を呼び求める者は、誰でも救われる。」のです。10:9~13

一つのからだには多くの器官があって、すべての器官が同じ働きはしないのと同じように、大ぜいいる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです。
私たちは、与えられた恵みに従って、異なった賜物を持っているので、もしそれが予言であれば、その信仰に応じて予言しなさい。
奉仕であれば奉仕をし、教える人であれば教えなさい。
勧めをする人であれば勧め、分け与える人は惜しまずに分け与え、指導する人は熱心に指導し、慈善を行なう人は喜んでそれをしなさい。

愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善に親しみなさい。
兄弟愛をもってこころから互いに愛し合い、尊敬を持って互いに人を自分よりまさっていると思いなさい。
勤勉で怠らず、霊に燃え、主に仕えなさい。
望みを抱いて喜び、艱難に耐え、絶えず祈りに励みなさい。12:4~12

…あなたがたを迫害する者を祝福しなさい。祝福すべきであって、呪ってはいけません。
喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい。12:15

もし生きるなら、主のために生き、もし死ぬなら、主のために死ぬのです。ですから、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。14:8

…キリストが神の栄光のために、私たちを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに受け入れなさい。15:7

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神のみことば 第二章 第六節

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第六節:    ローマ人への手紙

神は、ひとりひとりに、その人の行ないに従って報いをお与えになります。
忍耐を持って善を行ない、栄光と誉れと不滅のものを求める者には、永遠の命を与え、
党派心を持ち、真理に従わないで不義に従う者には、怒りと憤りを下されるのです。

艱難と苦悩とは、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、悪を行なう全ての者の上に下り、
栄光と誉れと平和は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、善を行なう全ての者の上にあります。
神には、えこひいきなどはないからです。2:6~11

人が義と認められるのは、律法の行ないによるのではなく、信仰によるというのが、私たちの考えです。
それとも、神はユダヤ人だけの神でしょうか。異邦人にとっても神ではないでしょうか。確かに神は、異邦人にとっても、神です。神が唯一ならばそうです。3:28~30

彼(アブラハム)は望みえないときに望みを抱いて信じました。それは、「あなたの子孫はこのようになる。」と言われていたとおりに、彼があらゆる国の人々の父となるためでした。
アブラハムは、およそ百歳になって、自分のからだが死んだも同然であること、サラの胎の死んでいることを認めても、その信仰は弱りませんでした。

彼は、不信仰によって神の約束を疑うようなことをせず、反対に、信仰がますます強くなって、神に栄光を帰し、神には約束されたことを成就する力があることを固く信じました。
だからこそ、それが彼の義とみなされたのです。4:18~22

…キリストによって、今私たちの立っているこの恵みに信仰によって導き入れられた私たちは、神の栄光を望んで大いに喜んでいます。

そればかりでなく、艱難さえも喜んでいます。それは、艱難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。
この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。5:2~5

しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たち
のために死んでくださったことにより、神は私たちに対する
ご自身の愛を明らかにしておられます。5:8

私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、
キリストと共に葬られたのです。それは、キリストが御父の
栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たち
も、いのちにあって新しい歩みをするためです。6:4

もし私たちがキリストとともに死んだのであれば、
キリストとともに生きることにもなる、と信じます。6:8

今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに
啓示されようとしている栄光に比べれば、取る
に足りないものと私は考えます。8:18

神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神が全てのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。<中略>…神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。

私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。8:28~32

しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。
私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。8:37~39

2に続く

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神のみことば 第二章 第五節

神のみことば 第二章 第五節 (959.3K)

第五節:    使徒の働き

これで私は、はっきり分かりました。神はかたよったことを
なさらず、どの国の人であっても、神を恐れかしこみ、
正義を行なう人なら、神に受け入れられるのです。10:34

わたしはあなたを立てて、異邦人の光とした。あなたが
地の果てまでも救いをもたらすためである。13:47

…私たちも皆さんと同じ人間です。そして、あなたがたが
このようなむなしいことを捨てて、天と地と海とその中にある全てのものをお造りになった生ける神に立ち返るように、福音を宣べ伝えている者たちです。
過ぎ去った時代には、神はあらゆる国の人々がそれぞれ自分の道を歩む事を許しておられました。
とはいえ、ご自分のことをあかししないでおられたのではありません。すなわち、恵みをもって、天から雨を降らせ、実りの季節を与え、食物と喜びとで、あなたがたの心を満たしてくださったのです。14:15~17

私が自分の走るべき行程を走り尽くし、主イエス
から受けた、神の恵みの福音をあかしする任務
を果たし終えることができるなら、私のいのちは
少しも惜しいとは思いません。20:24

受けるよりも与えるほうが幸いである。20:35

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